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左から飯野校長、浦口会長、渡利常務、成松取締役
マーケットにおけるニーズの多様化・細分化という状況と、技術の進歩が相俟って、オンデマンド印刷ビジネスは一般的にも注目を集めるようになった。しかし、このような状況になって初めて、これまで見過されてきた“切実なニーズ"が存在することに気付かされることがある。

富士ゼロックスのDocuTechユーザーで構成されるオンデマンド印刷ビジネス研究組織「ドキュメント・サービス・フォーラム(DSF)」は、ボランティアグループ「視覚障碍者読書支援協会(BBA)」(浦口明徳会長)に協力し、弱視者向け書籍「BBS文庫」を製作。十月十日、同文庫を筑波大学付属盲学校(飯野順子校長)に寄贈した。また、同文庫は名古屋盲人情報文化センターにも寄贈されている。

このDSFの取り組みはビジネスではなく、あくまでボランティアである。しかしながら、これまで見過されてきたニーズがオンデマンド印刷によって実現されたという意味で、このビジネスシーンにおける好例と言えるだろう。
 

弱視とはメガネやコンタクトレンズなどの補助器具を用いても、十分な視力を得られない障害のことである。また、視野狭窄や、無意識に目が小刻みにゆれる眼球振動などの症状も含まれており、弱視の定義は広く、生活に大きく支障のない人から全盲に近い人まで大きく差がある。ただし共通点として、小さな文字が読めなかったり、長時間文字を読むと視力に大きな負担が掛かるということが言える。

視覚障害者向けの読書支援を行っているBBAでは、書籍の点訳・音訳・拡大訳の三分野の活動を推進しており、弱視者の読書支援として「拡大写本」ボランティア活動を行っている。

「拡大写本」とは弱視者でも読むことができるように、書籍の文字を拡大したものである。“写本"とあるように、その多くは手書きで作成されるが、BBAではワープロやパソコンを使って文字を打ち込んでいる。この場合、ディスプレイ上で読むにしても、プリンタで出力して読むにしても、フォントの大きさを自由に変えることができる。現在、BBAでは約四五〇タイトルの書籍に対して、著者から「拡大写本」化の許諾を得ており、そのテキストデータが蓄積されている。

視覚障害者のための読書メディアには「点字本」、「テープ本」、「DAISY-ebook」(Digital Accessible Information System=CD図書)、「大活字本(拡大写本)」があるが、この中でも「大活字本」の認知度はまだまだ低いという。それは視覚障害者に対する認識の低さに起因している。

BBAのWEBサイト(http://bba.hey.to)によると、視覚障害者のなかで全盲者の数は約一〇万人(点字使用可能者約三万人)、弱視者の数は約二一万人である。一方、視覚障害者のための読書支援ボランティアは点訳・音訳ボランティアが共に約一・五万人であるのに対し、拡大写本ボランティア数は約一五〇〇人である。同サイトには「行政機関の広報は点字版やテープ版はあっても、大活字版はなく、弱視者の存在が社会的にはほとんど認識されていない」と掲載されている。

筑波大学付属盲学校は「生徒数約一八〇名の内、全盲者は一〇〇人、弱視者は八〇人」(飯野校長)である。同校には図書室が「専門書用」「中高生用」「小学生用」と三つあるが、まだ大活字本の蔵書数は少なく、弱視者の生徒は一般書籍を拡大鏡やルーペなどを使用して読書している。

一般的な認識としても視覚障害とは「見えない」障害であると思い込みがちであり、「見えにくい」という障害に対しての理解は低い。そのため「大活字本」の供給量は少なく、その多くは教科書など必要性に迫られた書籍である。だが、そのなかでもBBAでは「弱視者の人にも本を読む楽しさを知ってもらいたい」(浦口会長)とし、教科書よりも、一般書の大活字本制作を主に手掛けている。
「全国で拡大本を作っているサークルは一三〇ぐらいあるが、ほとんどの会は手書きで教科書作りに追われている。一般書を作る会というのはほとんどない。だから弱視者も一般書の大活字本は無いものだと思って生活している。しかし、一般書の点字本やテープ本はたくさん制作されているわけだから、弱視者のための一般書の拡大本があってもよいのではないかという想いがあった。本を読む楽しさを弱視者も味わって頂きたい。_大活字でもこのような一般書の大活字本を出版されているが、あまり売れていないという現状がある。これは、まだ読者が育っていないということである。一般書を読むということが、弱視者の生活に密着していない。これは供給の数があまりに少ないからだと思う。一般書を読むという生活を弱視者にも根付かせたい」(浦口会長)

 
DSFと「大活字本」との関わりは昨年からとなる。オンデマンド印刷ビジネスの可能性を探るなかで、その社会貢献的活用も図るために、二〇〇一年にDSF内に「大活字本オンデマンド出版チーム」が編成された。

同チームが最初に手掛けたのは_大活字が発行する算数と国語の教科書。DSFのメンバー各社が印刷<CODE NUM=00A5>製本を行った。

オンデマンド印刷でこうした出版物を手掛けることには大きな利点が二つある。一つは低コストで小部数出版ができること。もう一つはテキストの可変が容易であることだ。前述のように弱視の定義は広く、その度合いも異なり、例えば二二ポイントの大活字でも読めない弱視者もいる。全てのニーズに応えるには一つの大活字本では足りないのだ。

_大活字の編集部長・成松一郎取締役はオンデマンド出版とXMLを組み合わせることによって、それぞれの弱視者が必要とする文字の大きさの教科書が実現できると述べる。
「教科書の制作を今回、オンデマンドで出版することになったが、課題がいくつかある。まず、教科が揃っていないということもあるし、見え方も二八ポイントで見える場合もあるし、もっと小さく一六ポイントぐらいで見えるというケースもある。この全てに応えるには、手作業ではコスト面で問題がある。だから、それぞれのニーズに対応したものを自動的に組版できるようにプログラムを作り上げることができれば、テキストデータさえあれば、後は流し込むだけで制作することが可能となる。DSFの会員は全国に三〇社あるので、各地で印刷を依頼することもできる。なんとか一〜二年掛けて自動組版のシステムを作りたい。これは現実的にXMLの技術を使えば出来そうな感じである。これにより、どのような弱視者でも使える教科書が制作できる仕組みができる」
 
筑波大学付属盲学校図書館
今回、筑波大学付属盲学校と名古屋盲人情報文化センターに寄贈されたBBA文庫はDSFの活動を成松氏が浦口会長に紹介したことによって実現された。

その背景には、一般書籍をそのまま大活字化して本の形にまとめるのには大きなコストが掛かるという問題がある。
「蓄積されたデータから大活字本を作るためにはコストが掛かるということが悩みであった。三〇〇円の文庫本が大活字本になると三分冊ぐらいになり、一タイトルのコストは六〇〇〇円〜七〇〇〇円掛かってしまう。これが一〇〇タイトルになれば六〇万〜七〇万円掛かることになる。予算的な問題もあり、このテキストデータを本の形にすることが出来なかった」(浦口会長)

そこでDSFが協力することになったわけである。「大活字本オンデマンド出版チーム」のリーダーである、みつわ印刷_・渡利孝由常務取締役(DSF副会長)はメンバーの協力姿勢について、「今回の寄贈した大活字本の製作において、全国のメンバーに協力を募ったところ、ほとんどの会員が『自分のところでやりたい』という声を挙げてくれた」と述べている。

今回、制作されたBBA文庫はB5版の大きさで、文字は二八ポイントのゴシック体を使い、二段縦組で編集されている。

ゴシック体の使用は、明朝体では線に強弱があるため、細い線が見えず、正しく文字が認識できないケースがあるためだ。また、B5版という大きさで一段組にした場合、目の移動が長くなるため、疲れたり、次の行頭がなかなか探せないというケースもある。そのため二段組という体裁になった。表紙はうすい黄色で統一されており、これは弱視者が眩しいと感じないためである。

印刷・製本は九州から東北まで全国のDSFの会員・有志一〇社が受け持ち、五タイトルずつ、五〇タイトルを製作した。大活字本であるので一タイトルの巻数は多いもので六冊になり、総巻数で一六三冊になった。タイトルは全て著者から許諾を得ているものであり、高村薫、内田康夫、赤川次郎、山田太一などメジャーな作家の娯楽作品が揃っているのが特徴である。今回、製作されたのは前期分であり、BBAではさらに五〇タイトルを制作する予定。もちろん印刷・製本にはDSFが協力を行う。

図書館に所蔵されている点字図書は
筑波盲学校の点字プリンタで出力される
みつわ印刷・渡利常務は今回、製作されたBBA文庫の仕上がりについて次のような感想を述べている。
「印刷会社は企業によって各々のやり方や方法を持っているが、複数の会社で分担し(同じような製品)がこれだけ出来たというのは珍しいと思う。まず寸法がこんなに揃わない。B5という正寸があるわけだが、それでも通常一ミリも狂わないで揃うなんてことはない。ここにあるのは寸法もほとんど全て同一である。それからタイトルや背文字の位置も全部揃っている。通常、データが揃っていても仕上がりというのはバラバラになるものである。これはDSFの結束の固さであり、我々は素晴らしいメンバーを持っていると言える」

また、浦口会長は今回の寄贈への想いを次のように述べている。
「盲学校の図書室に行くと、点字本はたくさんあるが、大活字本は少ない。また盲学校では教科書を求めるニーズが高く、BBA文庫のような読み物に関しては反応は芳しくなかった。しかし、筑波大学付属盲学校の宇野先生から、弱視者向けの一般図書も充実させたいという話を聞き、寄贈したいと考えた」

飯野校長はこの寄贈に対して「本を読む楽しさを知るということは非常に大事である。知の創造の時代と言われているが、当校の生徒も読書をすることにより知を広げていってくれれば良いと思う」と述べている。また、同校の宇野和博氏は「オンデマンド出版により小部数出版の可能性を見出して頂いたことにより、大活字本や大活字教科書の問題に力になってもらえると確信した。これまで“見えない"ということ(の障害)は解り易かったが、“見えにくい"ということは理解されにくかった。しかし、“バリアフリー"や“ユニバーサルデザイン"ということが叫ばれるようになって、状況も変わりつつあると思う。そのような中で、ご尽力頂き、こうして大活字本を寄贈していただいたことに感謝したい」と述べている。

ビジネスとしての課題は残るものの、大活字本はオンデマンド印刷という技術によって可能性を見出されたアプリケーションである。マーケットは消費者によって形成されていくと言われるが、そのなかでプロバイダーの役割はサービスや製品を提供するだけでなく、潜在マーケットを見つけること、或いは萌芽期のマーケットを活性化させることが重要となる。大活字本は、見過ごされていたニーズがオンデマンド出版によって実現できたという意味でわかりやすい事例である。これはオンデマンド印刷ビジネスの価値を多くの人に普及できる可能性も示していると言えるだろう。
資料提供:現代出版株式会社(「印刷現代」10月号)」