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「活字にさよなら」と題された平成六年九月七日付けの朝日新聞の記事には、活版印刷の時代が幕を閉じたことが記されている。これは京都の老舗印刷会社である河北印刷(株)(河北喜十良社長/京都市南区唐橋門脇町二八)が活版印刷の新規受注を中止したことを報じた記事だ。

同社は明治三九年に創業され、昭和二四年に株式会社として設立、以来、「本つくり」「美術印刷」の分野で歴史を築いてきた。まさに関西を代表する老舗印刷会社である。だが、同社は社内のIT整備を図り、新しい領域のビジネスにチャレンジするなど、近年急速に変革を続けている。この変革の第一歩はオンデマンドビジネスから始まった。
E-Print1000
DocuTech135
「当社のデジタルの取り掛かりとなったのはオンデマンド印刷であった」と河北社長は語る。

同社は平成七年に京都府下では初めてEプリント※1を導入した。それは活版印刷の新規受注を中止し、社内の制作体制のメインが電算写植・MacDTPに移行した時期と重なる。
「それまでも電子組版・MacDTPは行っていたが、デジタルに対する認識が確立されていなかった。だが、Eプリントによって、デジタルを理解し、ネットワーク化※2までを意識して仕事するようになった」(河北社長)

同社の変革のスピードは速い。Eプリント導入の翌年には、「マルチメディア開発プロジェクトチーム」を発足。CD-ROMやWEB制作などに力を注ぐ。

さらに、平成九年にはドキュテック※3を導入。Eプリントで培った経験と、同社が得意とする「本つくり」のノウハウを融合し、オンデマンド出版へ挑戦する。
※1 同社では、某製薬会社から依頼を受け、Eプリントで美容室を対象とした案内ハガキ(DM)、メンバーズカードなどの印刷を行っている。また、同社HP(www.kawakita.com/)上で展開されている、「ちょっと印刷」(注文フォームに必要事項を入力するだけでカラーの名刺やパンフレットなどが注文できる)でもカラーオンデマンドサービスを提供している。
※2 同社は、ネットワーク入稿にも対応。海外の企業とも取引をしているので、印刷データが海外から送られ、日本で印刷物を引き渡すというケースもあるようだ。また、同社の営業マンは顧客との連絡などにEメールを積極的に利用するなどネットワークを利用して効率的なビジネスを行っている。
※3 ドキュテックは大学の紀要、研究所の所報、自費出版、取扱説明書など、多品種・小ロットの印刷に威力を発揮している。また、カバーをEプリントで、本文をドキュテックで印刷した新書を試験的に制作するなど、二つのオンデマンド機の複合的利用も試みられている。

また、昨年末には「KP World Network System」と称した全社的LANを構築。プリプレスにおける、レイアウト・組版・フィルム出力という一連のデータのやり取りをLAN上で行うほか、印刷・製本の各工程もLAN上で管理している。また、このシステムは生産部門と営業部門を繋げる役割も果たす。LAN上には電子掲示板を設置し、部署間での情報のやり取りを効率化しているほか、営業マンのスケジュールをDB化するなど営業情報の共有化も行っている。つまり、このシステムは、河北印刷自身が行ったIT武装と言える。

同社のこの急速な変革の根底には「スピードのない企業は生き残ることはできない」という河北社長の考えがある。
「老舗だからといって、時代に対応していかなければ生きていけない。例えばマニュアル類の印刷はこれまで当社にとっては大きな位置を占めていたが、現在はどんどんCD-ROM化されている。従来の印刷物の需要が落ちていくなかで、ハード(印刷物)だけの提供だけではなく、サービスとして提供できる商品を作っていかなければ、商売は無くなってしまう」

河北印刷の変革の流れを見ると、先に挙げた河北社長の「デジタルに対する認識」という言葉が重みを増して理解できる。同社の変革は短い期間に連続して行われた。だが、この短い変革の歴史は、明治創業というこれまでの歴史にも匹敵するのではないだろうか。

河北印刷の変革が進められていく中で、同社のオンデマンドビジネスも少しずつ変化してきた。Eプリントを導入した当初は小部数の印刷が主であったが、現在ではDMやメンバーズカードなどパーソナライズに対応した印刷物も手掛けている。また、予めオフセットで刷った印刷物に可変情報を差し込み印刷するなど、機械の特徴を活かし複合的に活用している。

そして、同社のオンデマンドビジネスを象徴するのがオンデマンド出版である。これまでのオンデマンド出版の常識では、小部数であるために省力化・自動化することが重要であった。だから一般的に製本も簡易的なものが多い。だが、同社の場合は、かがり綴じ(糸綴じ)による上製本※4を行うなど徹底的に手を加え、また、使用する用紙を工夫するなどして、従来のオンデマンド出版と差別化を図っている。それは活版印刷で作られた豪華な上製本と比較しても、遜色ない仕上がりである。

このオンデマンド出版の印刷にはドキュテックが使われているが、同機はトナーインクを使い、紙に静電気を帯びさせインクを付着させる静電複写型のオンデマンド機である。当然、活版印刷機やオフセット印刷機とは構造が異なり、オンデマンド出版と伝統的な製本を組み合わせることの難しさが推し量れる。

このオンデマンド出版の発想は河北印刷だからこそ生まれたと高橋好則取締役は述べる。
「この発想は、当社が製本部門を持っているから生まれたと言えるだろう。通常、印刷会社の営業マンは製本の知識はあまり持っていないが、我々は製本まで行うことを常に頭に置き仕事をしている。オンデマンドでは上製本は出来ないと考えるのが通常であるが、我々の場合は『では、どのようにすれば出来るのか』と考える。例えばドキュテックは最高で八面付けしか出来ない。通常、糸かがりを行う場合、一六面付けしたものを八つ折していく。だが、製本部門と相談しながら糸を工夫するなどして、オンデマンド出版の可能性を探ってきた」

この妥協しない可能性の追求が一つの結晶となって生まれた。天保八年(一八三七年)に作られたオランダの宣教師カール・ギュツラフ訳聖書※5のオンデマンド出版による復刻である。この復刻版は、原本をスキャニングすることで画像データとして取りこみ、原本に付着した汚れを画像処理で除去し、ドキュテックで印刷された。特筆すべきは原本の体裁に近づけるため、手漉き和紙に近いオリジナルの機械漉きの和紙を使用し、原本と同じ和綴じ製本を行っていることである。

しかし、この復刻本を実現するためには多くの苦労があったようだ。オンデマンド機の管理を行っている大藪良太係長は「水分を多く含んでいる用紙の印刷は難しい。和紙でも、なんとかインクを乗せることはできるが皺が出来てしまう。当初はテストの連続だった」と語る。また、営業部門の八木橋淳行課長は「手漉き和紙の場合、機械に通すと表面が毛羽立ってしまう、この和紙に近いものを見つける※6ことで、ようやく実現できた。お客様にはデジタル技術であるオンデマンドと伝統的な製本が融合すれば面白いと興味を持っていただき、喜んで頂けた」と語る。

実は同社では十数年前にこのギュツラフ訳聖書の復刻を手掛けている。その時は活版印刷であった。時代が変わり活版からオンデマンド印刷へ。河北印刷という企業を象徴する変化だと言えるだろう。同社はオンデマンド出版と伝統的製本の組み合わせが評価されオンデマンドアワードに入賞※7している。

※4 ドキュテックで印刷された上製本の書籍。少部数で文化的価値が高い復刻本の出版などにおいて、同社が実現したオンデマンド出版の意味は大きい。 ※5

ギュツラフ訳聖書は日本語聖書の源流とされているもの。当時はシンガポールで木版刷りで刊行された。復刻版は新教出版社によって刊行されている。
ギュツラフ訳聖書(ヨハネ福音書、ヨハネ書簡、解説本で1セットとなる)

※6 このような苦労がドキュテックによる新しいアプリケーションを生むことになる。例えば同社では賞状の制作なども手掛けてきたが、一枚一枚異なる名前を入れなくてはならない。このような印刷物はオンデマンド印刷に最適となる。これにギュツラフ訳聖書で使った和紙を使えば、その付加価値も高くなる。
※7 オンデマンドアワードでは「アナログ印刷物と同等の高品質な少部数出版を実現」したことが評価された。写真はアワード授賞式で記念の楯を受け取る河北社長(右)。
大藪係長、八木橋課長、そして河北社長に「オンデマンドビジネスに重要なことは何か?」と問うと、それぞれから興味深い答えが返ってきた。

まず、大藪係長の答えは「チャレンジ」である。まだ、誕生から間もないオンデマンド印刷機だからこそ、「最初から出来ないとは思わないでチャレンジしていくことが重要」ということだ。用紙や製本でオンデマンド出版の可能性を広げてきたからこそ、その言葉の意味は大きい。
一方、八木橋課長は、営業部門にとっては「フレキシブル」が重要であると答える。
「“チャレンジ"という言葉とは逆説的かもしれないが“オンデマンドにこだわらない"ということが重要だと考える。オンデマンド印刷は手段の一つであるが、これに縛られてしまうとお客様のニーズを逃してしまう可能性がある。新しいビジネスによって、我々の営業手法も変化している。従来型のビジネスにおける話は価格が中心であった。しかし、マルチメディア関連やオンデマンドにおいては、顧客の情報展開の問題を探り、解決策を提案できる営業が行える※8

※8 同社は顧客の情報展開をサポートし、メリットを提供する提案営業を実践。八木橋課長は営業手法の変化を以下のように述べている。
「従来は、顧客企業の資材購買部などが窓口であった。しかし、WEB関連やオンデマンドビジネスにおいては、経営管理部門やシステム開発部門など、その企業のビジネスの根幹に関わるセクションの担当者と出会うことができ、価格ではなくサービスの中身で評価して頂ける。このような提案を行うことによって、その顧客からは従来の印刷の仕事が減少することもある。だが、それでも顧客にメリットのある提案を行っていかなければ、生き残ることは出来ない」
また、同社では環境に配慮した印刷物の提案も積極的に行っており、自社で環境調和型の手帳も開発している。この手帳は今年、三井物産に採用された。
八木橋課長の言葉からは、同社のビジネスの本質が大きく変化していることが窺える。マルチメディアビジネスもオンデマンドビジネスもITビジネスも、その裏側にある思想は共通しており、従来の思想とは異なるものである。それは次の河北社長の言葉にも通じる。

河北社長はオンデマンドビジネスは“デジタルの本質"を理解することが重要であると答える。
「私は情報を伝える媒体として一番最初に登場したのは印刷物だと考えている。これまで印刷業は情報産業のトップであったが、今では印刷産業は情報産業とは別のように思われている。しかし、現在のデジタル化した印刷産業にはオンデマンド印刷もあれば、データベースもあるし、WEBビジネスもある。あらゆる情報伝達のアウトプットを印刷ビジネスは取り込むことができる」

印刷は情報産業であり、デジタルの本質を理解することで、これからの情報ビジネスにおいてもアドバンテージを持つことができる。しかし、そのためには従来の体質を脱却し、新しい時代に合ったビジネススタイルに変化することが必要だ。

河北印刷はこれからの情報ビジネスを展開していくため、新しいビジネススタイルを構築しようとしている。
「これまでのように、一社の企業が印刷から製本まで全ての設備を持つということは出来なくなる。だから一緒にビジネスができる優秀な企業とアライアンスを組むことにより、ヴァーチャルカンパニー※9を形成していく」(河北社長)

※9 既に同社は、大量のパーソナルデータを処理できるオセ社のオンデマンド機を導入している企業とアライアンスを組んでいる。
資料提供:「印刷現代6月25日号」