河北印刷の変革が進められていく中で、同社のオンデマンドビジネスも少しずつ変化してきた。Eプリントを導入した当初は小部数の印刷が主であったが、現在ではDMやメンバーズカードなどパーソナライズに対応した印刷物も手掛けている。また、予めオフセットで刷った印刷物に可変情報を差し込み印刷するなど、機械の特徴を活かし複合的に活用している。
そして、同社のオンデマンドビジネスを象徴するのがオンデマンド出版である。これまでのオンデマンド出版の常識では、小部数であるために省力化・自動化することが重要であった。だから一般的に製本も簡易的なものが多い。だが、同社の場合は、かがり綴じ(糸綴じ)による上製本※4を行うなど徹底的に手を加え、また、使用する用紙を工夫するなどして、従来のオンデマンド出版と差別化を図っている。それは活版印刷で作られた豪華な上製本と比較しても、遜色ない仕上がりである。
このオンデマンド出版の印刷にはドキュテックが使われているが、同機はトナーインクを使い、紙に静電気を帯びさせインクを付着させる静電複写型のオンデマンド機である。当然、活版印刷機やオフセット印刷機とは構造が異なり、オンデマンド出版と伝統的な製本を組み合わせることの難しさが推し量れる。
このオンデマンド出版の発想は河北印刷だからこそ生まれたと高橋好則取締役は述べる。
「この発想は、当社が製本部門を持っているから生まれたと言えるだろう。通常、印刷会社の営業マンは製本の知識はあまり持っていないが、我々は製本まで行うことを常に頭に置き仕事をしている。オンデマンドでは上製本は出来ないと考えるのが通常であるが、我々の場合は『では、どのようにすれば出来るのか』と考える。例えばドキュテックは最高で八面付けしか出来ない。通常、糸かがりを行う場合、一六面付けしたものを八つ折していく。だが、製本部門と相談しながら糸を工夫するなどして、オンデマンド出版の可能性を探ってきた」
この妥協しない可能性の追求が一つの結晶となって生まれた。天保八年(一八三七年)に作られたオランダの宣教師カール・ギュツラフ訳聖書※5のオンデマンド出版による復刻である。この復刻版は、原本をスキャニングすることで画像データとして取りこみ、原本に付着した汚れを画像処理で除去し、ドキュテックで印刷された。特筆すべきは原本の体裁に近づけるため、手漉き和紙に近いオリジナルの機械漉きの和紙を使用し、原本と同じ和綴じ製本を行っていることである。
しかし、この復刻本を実現するためには多くの苦労があったようだ。オンデマンド機の管理を行っている大藪良太係長は「水分を多く含んでいる用紙の印刷は難しい。和紙でも、なんとかインクを乗せることはできるが皺が出来てしまう。当初はテストの連続だった」と語る。また、営業部門の八木橋淳行課長は「手漉き和紙の場合、機械に通すと表面が毛羽立ってしまう、この和紙に近いものを見つける※6ことで、ようやく実現できた。お客様にはデジタル技術であるオンデマンドと伝統的な製本が融合すれば面白いと興味を持っていただき、喜んで頂けた」と語る。
実は同社では十数年前にこのギュツラフ訳聖書の復刻を手掛けている。その時は活版印刷であった。時代が変わり活版からオンデマンド印刷へ。河北印刷という企業を象徴する変化だと言えるだろう。同社はオンデマンド出版と伝統的製本の組み合わせが評価されオンデマンドアワードに入賞※7している。
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ドキュテックで印刷された上製本の書籍。少部数で文化的価値が高い復刻本の出版などにおいて、同社が実現したオンデマンド出版の意味は大きい。
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ギュツラフ訳聖書は日本語聖書の源流とされているもの。当時はシンガポールで木版刷りで刊行された。復刻版は新教出版社によって刊行されている。
ギュツラフ訳聖書(ヨハネ福音書、ヨハネ書簡、解説本で1セットとなる)
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このような苦労がドキュテックによる新しいアプリケーションを生むことになる。例えば同社では賞状の制作なども手掛けてきたが、一枚一枚異なる名前を入れなくてはならない。このような印刷物はオンデマンド印刷に最適となる。これにギュツラフ訳聖書で使った和紙を使えば、その付加価値も高くなる。 |
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オンデマンドアワードでは「アナログ印刷物と同等の高品質な少部数出版を実現」したことが評価された。写真はアワード授賞式で記念の楯を受け取る河北社長(右)。 |
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